述井庸治に

善行の日々


 それから、彼の生活は180度転換した。
 彼が癌に侵されていることを知らない雀荘の客達は、皆言っていた。
「最近マスターどうしたの、違う人みたい。なんか気味が悪い」
 今迄、マスターから何か話があると彼らは騙されるのではないかと警戒していた。
 彼の周りに集まる詐欺師まがいの連中も徐々にマスターから遠のいて行った。今のマスターからうまい話が来ないからである。またマスターに生き方を諭されたりしていた。
 そんな時、私が麻雀を打ちに雀荘に行くと、彼の妻が言った。
「先生、聞いてくださいよ。マスターったら、自分が病気のくせに嶋(しま)ちゃんの所へお見舞いにいったんですよ」
 嶋(しま)ちゃんというのは、雀荘の客で、胃癌の手術を受け病院に入っている。
「お見舞いに来られた方が恐縮しちゃいますよね」
「そうですね」
 私は笑って応えた。

 ある日、マスターから電話がはいった。
「先生、お会いしてお話すてんでやんすが」
 そこで私が彼の待つ喫茶店に行くと、奥のテーブルから私を見つけニコニコしながら私に手を振っている。
「ここでやんすよ」
「どうしました?」
 私は彼の座るテーブルに行き椅子に座り尋ねた。
「いや、先生の顔をみたらもう気が済みやんすた。些細なごどだ。」
 彼の趣味は油絵。彼が昔世話をしていた夫婦が、昨年お店を始めた。彼は1枚の大型(30号?)の絵を描きプレゼントした。その頃の彼は決して良い人とはいえない。その絵をもらい店に飾っていた彼らは「迷惑なことだ」と言い、更に彼の悪口を言っていたのだ。
 そんな話を人から聞いた彼は腹が立ってどうしようもない。そこで私に電話をしてきた。
「先生、私(わだし)はその絵を取り戻しに行こうと思てやんすた。んだども、先生の顔をみたら馬鹿らしく(ばがごったども)なりやんすた。どぉでもいい事(いごと)でやんすよなさ。昔の自分(ずぶん)が悪かったんでやんすよ」

 また彼の従業員が、私に彼からの手紙を持って来た。
 そこには、「親友へ」という宛名が記されていた。
 彼の手紙には、「癌治療に岩盤浴がよい。そこで岩盤浴のある温泉を調べてもらいたい」と書いてあった。彼はパソコンが苦手、そこで私に調べて欲しいというのだ。
 私はさっそくパソコンで調べ、それをプリントして従業員に渡した。
 その時から、彼の私へのメッセージは、いつも宛名が「親友へ」となった。