述井庸治に

《国際会議五日目最終日》


 今日は会議最終日、この1週間、私達は天候に恵まれた。
 ワークショップの会場に向かう途中、私は後ろから声をかけられた。
「Hello.」(ハロー)
 見ると、今日の私の参加するワークショップのファシリテーター(司会者)であった。
「Hello.」(ハロー)
 と答え、さらに私は言った
「It's fine today! 」(今日は良い天気ですね!)
 すると、彼は一瞬「うん?」という不思議そうな顔をして、次に顔に笑みをうかべながら
「Yes, it is.」(うん、そうだね)
 と答えてくれた。

 私は、その時の彼の怪訝そうな顔の表情がとても気になっていた。
そしてその意味が分かったのは、それから何年も後のことであった。

 それは、私が友人のイギリス人を連れスキー場に行った時のことである。
スキー場のゲレンデに着くなり、彼が私に言った。
「これはいったい何だ?」
「えっ、これって何のこと?」
 私は彼に尋ねた。すると彼は答えた。
「このミュージックだ。これは一体何なのだ?」
 ゲレンデには、当時流行っていたユーミンの曲が流れていた。そこで私がその曲について説明すると
「私は日本にもう2年も住んでいる。だからこの曲はよく知っている。今流行っているよね」
「じゃあ、何、何なの?」
 すると、彼が言った。
「なぜここで人間の作った音楽が流れているのだ?
君達は自然を求めてここにやって来たのではないのか?
富士山を登り、やっと頂上にたどり着いた時、そこに人間の作った自動販売機があったらどんな気がする?」
「なるほど、確かに便利かもしれないが少しおかしいかな」
 と私は答えた。

 その時、私は彼と日本人の間には「自然」に対する考え方に大きな違いがあることに気づいた。
「自然」の反対は「人工」つまり、彼らにとって自然は人間と相反する関係にある。
しかし、日本人にとって自然は人間と相反するものではない。
人間は自然の中で生きている。自然と人間とは友達のような関係にある。
 日本人は、桜のシーズンになると満開の桜の花の下でパーティを催す。お花見である。
しかし、彼らは桜の花という自然の中で人間がパーティをすると、自然が壊されてしまう。
自然とは人間の手が加わらないもの、人の手が加わったらそれはもう自然ではない、つまり自然と人間とは相反するものなのだ。
しかし日本人にとって自然は友達である。だから挨拶の中にもよく天候(自然)が入ってくる。
 毎日天気が続いても
「こんにちは。今日は良いお天気ですね!」
 しかし、彼らにとって人間の世界の挨拶に自然は入ってこない。あくまでも人間の世界でのこと。そこで
「Hello. How are you?」(こんにちは。お元気ですか?)
 となる。まさにカルチャーの違い、自然にたいする考え方の違いである。
 しかし、海外から来る人達に
「今日は良いお天気ですね」
 と挨拶してはいけないということではない。

私達が海外に行った時、日本で経験出来ない事に出会うと
「ああ、私は今海外に来ている」
と、なぜかとても嬉しくなる。
彼らも同じである。お花見などの日本独自の催しに喜んで参加する。
それは日本に来て自分達とは異なる日本のカルチャーに出会った時
「私は今日本にいる」
 と感じ、とても嬉しいのだ。